日本自動車工業会が考える今年の重点テーマ
2020年10月に日本政府が2050年までのカーボンニュートラルを発表して以来、今まで以上に注目を集めるようになった日本自動車工業会(自工会)の会見が2022年になり、はじめて行われました。
冒頭、豊田会長からコロナ禍において、自動車業界全体で部品供給の混乱による新車の納期が延びているなどで消費者に迷惑をかけていることへのお詫びや、そのような状況下でも自動車産業に係る人たちが自動車の生産を進めていることへの感謝の意を伝えました。
そして、年頭の理事会において自動車産業全体としての重点テーマが議論され、以下の5つの点を進めていくとしています。
- 成長・雇用・分配への取り組み
- 税制改正
- カーボンニュートラル
- CASEによるモビリティの進化
- 自動車業界ファンづくり
これら重点テーマが語られる中、現状と今後、自動車業界が全体的にどのような考え方で進んでいくのかが語られました。
自動車産業の成長と雇用拡大へ
コロナ禍、日本全体では88万人が職を失う中、自動車業界は2019年末と比較して就業者数は22万人増え、平均年収を500万円として計算すると1兆1000億円を家計に分配してきたとしていて、労働者の賃金は2014年~2019年の平均で2.5%の賃上げをおこなってきて、これは全業界平均の2.2%を上回るトップの数値であるとしています。
また、産業からの納税額についても2009年~2020年までの累計でおよそ10兆円を達成し、同期間に株主への還元は、累計およそ11兆円にも上るとしています。
そして昨年発足した岸田政権の重点テーマでもある「賃上げ」について、春闘を控え、継続的にこのような成長を保っていくために個人貯蓄を消費に向かわせるための行動が必要であるとしています。
自動車のライフサイクルを15年超から10年へ
豊田社長は「成長は一人が富を独占するものでない」として、分配することで多くの人が笑顔になることだと言っています。バブル崩壊以降、デフレ社会に陥り、先行きが不透明になった日本は、貯蓄や保有の長期化により金融資産が滞留しているため、これらを動かしていく必要があるとしています。
自動車もその1つで、現在四輪車保有台数は日本国内でおよそ8000万台となっていて、その新車販売から廃車になるまでの平均保有期間が15年を超えています。この自動車のライフサイクルを10年にすることで、年間に販売される自動車市場規模が現在の500万台から800万台へと300万台増加し、出荷額が7.2兆円増え、税収も2.5兆円増加するという事です。
CASE時代の車と常に新しい体験を提供できるか?
自動車のライフサイクルを短くするというのは、単純にユーザーの買い替え時期を早めて売っていこうという事ではありません。そこにはカーボンニュートラルを実現しつつ、新車から廃車までの期間、部品のリサイクル・リユースなどにより持続可能な自動車の生産体制があってこそ実現するものです。
会見でも、Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)を実現したCASE時代の車は、単なる移動手段ではなく蓄電池や情報通信デバイスとして新しい社会インフラの一部になっていくと豊田会長は語っています。
自動車のライフサイクルを10年にするには、ガソリン車が電気自動車(EV)になるような、大きな変化や新しいユーザー体験による乗り換えの理由が必要です。
現在急激なEVシフトが進む中、高い走行性能と移動の中にコネクテッドなエンターテイメント性を提供しているテスラを筆頭とする海外勢の魅力的な自動車が市場の成長の中心にいたとすると、ここからの10年は海外勢が牽引していく事になり、先の収益と税収の増加の計算も成り立たなくなってしまいます。
かつてから自工会の会見でも語られてきた「選択肢を増やす」というのは、これからどのような事になっていくか予想がつかない未来の中で、手法を絞ってしまうのではなく、自動車業界全体で様々な可能性を提供していく事で、またその先の新しいものが見えてくるという事です。
※Volvo C40 Recharge はGoogleアシスタント搭載で、車から自宅をコントロールできる。
海外勢が日本市場に向けて新しいものを次々と見せてくる中、サステナブルな生産体制を構築しつつ、日本メーカーが消費者に何を見せ、どのようなユーザー体験を提供して、自動車のライフサイクルを縮めてくるのかに注目があつまります。
カーボンニュートラルと税制改正
経産省OBの永塚副会長からは現在の自動車関係諸税についての対応が語られました。現在日本の自動車ユーザーには世界一高い税金が課されていて、その種類は9種類にも及びます。下の図は2020年度の日本の税収と自動車関係諸税です。左側のサークルは日本全体の税収であり、自動車関係諸税だけで全体の8.1%になります。更に右側のサークルでは、赤い部分が自動車を走らせるための燃料にかかる税金で、青い部分が自動車本体にかかる税金です。
自工会が求めているのは、これら世界でももっと高くそして多重に書けられている税金の減税により、その維持負担を少なくすることで業界の全体の活性化につなげたいという事です。税金の掛け方によってカーボンニュートラルを促進することも可能であるため、そのような抜本的な税制改革に向けた道筋をこの1年で作っていくようです。
また2022年度で終了するクリーンエネルギーに対するエコカー減税やグリーン化特例などについては、延長の要求をしていくともしています。未だEVの普及率の低い日本市場では、まだまだこれら減税のサポートが必要になります。
2050年のカーボンニュートラルに向けて、右側のサークルの赤い部分の税収は少なくなっていくはずです。消費者としては、その分の税金を自動車取得側に回したり、電池の容量や走行距離など、新しい自動車にかかる税金が設定されないように自工会には頑張っていただきたいところです。
ソニーのEV参入、自工会は歓迎?
2022年1月4日、ラスベガスで行われた家電見本市CES2022で、ソニーはEV事業会社である「ソニーモビリティ」を設立し、一般消費者向けにEVを公開し、事実上EVの販売を行っていく事が明らかになりました。
会見後の記者からの「ソニーの業界参入をどう思うか?」という鋭い質問に対し、自工会からはホンダ社長である三部副会長からは、「アメリカ、ヨーロッパ、中国では、すでに新しいプレイヤーが参入している。いろんな業界から新しいプレイヤーが参入することで切磋琢磨して、成長・活性化につながる。」とその参入を歓迎するとしています。
ソニーはモビリティの製造を水平分業で行うとしていて、新しいEVという分野では各社その生産体制はまちまちで、どのようにサプライチェーンを構築していくかなど、業界としても新しい戦い方が求められているようです。
会見で最もはっきりしなかったファンづくり
今回の会見で発表された重点項目の5つ目に上がっていた「ファンづくり」の部分ですが、ここについては明確なものが示されませんでした。
自工会メンバーには、二輪車、軽自動車、大型車、乗用車など様々なセクターのメーカーがあるため、記者からの「どのようにファンづくりを行っていくのか?」という問いに対して、各セクターから話があるも、現状行われているイベントなどをより活性化していったり、モビリティの素晴らしさ、大切さの訴求をしていくという程度にとどまり、具体的な案についてはこれからという状況となっているようです。
日産自動車社長の内田副会長は、「メーカーの垣根を超えた活動が必要」として、今後は業界も超え、政府とも議論しながら進めていき、ユーザーにも情報を共有していくとのことでした。
カーボンニュートラルは誰が頑張るのか?
最近ではこのような会見で豊田社長を見ていると、心なしか電気自動車の話になると顔がこわばっているように見えてしまいます。
カーボンニュートラル発表から1年以上が経過し、政府としての具体的な取り組みが少しずつ発表されてきている間に、自動車業界では内燃機関からの脱却のような話があちこちで行われるようになり、まるで悪者のようにすら扱われるようになってきました。消費者にとって、最も身近で分かりやすい温室効果ガスの排出源としての内燃機関だけにスポットがあてられてしまっている事を豊田社長が遺憾に思っているのでしょう。
そのため、会見の最後でもまた改めて、自工会ではこの1年以上カーボンニュートラルを正しく理解してもらうための活動を行ってきたと語り、エネルギーを「作る」「運ぶ」「使う」という人たちみんなで取り組んでいく必要があるとまとめました。
そして、われわれ消費者が取り組むには、負担を強いられず、いつの間にか取り組んでいたような状況にするために、あらゆる業界が「多くの選択肢」をもって対応していかなければなりません。